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1/7(水)晴れ(今日は寒い)
今日は朝からテンションが全くあがらず。 気分を害することがあったわけでもなく、むしろいいことがあったのに、まったくもってダメ。 年始めの病院に行った後、事務所にて二代目のエサあげ。 今日は顔を上げて水底に落ちる前に食べてくれたというのに、それでも癒されるのは一瞬。 これはどうやらいわゆるバイオリズムが低迷しているようだ。 気にせずに昼食を食べ、気乗りしないためメールの返事は明日に持ち越し、あとは業務に集中することに。 ただ先代の一件でかなり恩義を感じているので、ここはひとつスイッチを無理矢理にでも入れなければ。 つーか、いい具合にやよい軒で食べたショウガ焼き定食がエネルギーに変換されて、テンションもリカバー。 いや二代目に癒されたのも大きい。 床に直接置いてある水槽なので、塾生さんがのぞき込もうとすると石川僚の芝目読みのようなかっこうになるため(自分の場合、完全に腹ばいになってしまう)、気に入って幾度となくその表現を使ったり。 ただ猛烈にシャイガイなため、ごこかしらに隠れてしまっていて(しかも一定していない)、なかなかお目見えというわけにはいかない。まさしく芝目読みの勢い。
魚くん話ばかりだとなんなので、ここのところ気になっている事象でも。
ずばり『高円寺北口駅前横断歩道の歩行者用信号は、ほとんど守られない』 それどころか、早稲田通りをわたって中野区との区界の横断歩道の信号も守る人が少ない。 一刻も早く、目的地に急ぐ人のなんという多さよ。 信号すら守れない余裕無き人の行き交う街、それが高円寺。
というのも、午前中病院から事務所に向かう途中、普段通り早稲田通りを渡るべく信号を待っていたところ、車の往来がほんの一瞬途絶えただけなのに、まるで青信号を渡るような気配で一人の老女が渡り始めた。 むろん、すぐにやってきたセダンにクラクションを鳴らされていたが、まったく意に介せず。 スピードの乗った車だったり、ちょっとでも前方不注意の車両だったら、目の前で人が飛ぶところだった。 あまりに堂々と渡り始めるので信号が変わったのかと錯覚したほど。
それにしても、高円寺界隈では隙あれば信号を赤でも渡ってしまう人が多い。 同じ中央線沿線の中野駅では、ほとんど見受けられないというのに。 もっとも中野の場合は中野通りという大きめの通りだし、高円寺はロータリーにつながるため幹線通りではないからかもしれない。 でも同じ早稲田通りが中野駅周辺を縦断しているけど、向こうでは信号を無視することはあまりない。 見通しから言えば、中野の方が遠くからやってくる車が見えるので目測は得やすいはずなのに。 逆に高円寺から中野区への区界の早稲田通りは恐ろしく見通しが悪い。 それでも、特に帰り道、わたしとともに信号待ちするものは非常に少ない。 商店街を自転車で抜けてきてそのまま行ってしまったりと、見ているこっちの方がヒヤヒヤする。 どんだけ家路を急いでいるのか。
駅前はもっとひどい。 交番があるのに、信号待ちしている車がいて青になったのに渡っていく人もいる。 駅に急ぐ気持ちもわかるが、あそこの信号は守られたためしがない。 むかしは交番が「赤信号ですよ! 渡らないでください!」と拡声器を使って警告を発していたけど、今や完全に野放し。警官が叱らなくて誰が叱るのさ…。 なので、あの信号は車のためだけにあるようなもの。 自分も時折そこを車で通ることがあるが、信号が差で変わって、こちらが発進。タッチの差で足止めされて忌々しげにしている歩行者を何度見たことか。
『信号待ちするのはルールである』と正論を語るよりも、以前職場の後輩が言っていた「信号無視してあわてて駆け足で渡るよりも、この信号を守れないほどゆとりがないのはイヤだなあ」を、今一度書きたい。
<今日の判定> ▼→◎ 午前中から15時あたりまで、見事なまでにダメ。 でもそれ以降は楽しくお話しできて、発破かけてたきつけて、二代目のエサやりで和んで。 土管から顔だけ出していたので夜用のエサをあげようとのぞき込んだら引っ込めてしまった。 しかたなしに目の前にエサを落としてあげると、うまいぐあいにタイミングを取って顔を出して食べてすぐに引っ込める。これの繰り返し。もうたまらなくかわいい。 ムービー撮ればよかったと後悔。
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