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12/9(金) 晴れ(まぁ普通に冬模様)
久しぶりにふらりと立ち寄ったゲーセンに、新作格ゲー「北斗の拳」が入荷してまして。 もともと北斗の拳自体、テレビアニメ版をちょこっと見たくらいでまるで思い入れもないし、ゲームショーの動画見ても「なんだかなー」てな気分だったので、実際にはコインを投入せずに見ていただけ。 「ジョジョ」の時は原作を一度も読んだことがないのに画面から伝わる無茶加減(誉め言葉)がなんとも気に入って、最終的にドリキャス版を購入してしまうほどだったりします。 というわけで原作を知ってる知らないは、わたしがゲームをする上で特に問題視しない部分。 ようは「おもしろそうか否か」それに尽きます。
制作者のこだわりの有無って、原作がある場合は特に顕著に画面に現れるみたいです。 開発スタッフ全員がファンというのは、現実的に考えてありえません。 仕事としてビジネスとして描いたり、制御したり、調整したりする人は、少なからずチーム内にいるはずです。 でもそこでキチンとコンセンサスが取れていれば、当たり前ですが全体的にまとまり、ゲームのデキに反映されます。 尋常ならざるこだわりが、画面からひしひしと伝わってきます。 わたしはこの「こだわり」あるゲームが大好きなんです。 つい先日、ケータイアプリのプログラマーさんとの打ち合わせのなか、名作ゲームをちゃんと原作テイストにこだわってリメイク作ったらおもしろそうですよね、なんて話題になりました。ですが二人がそろって言ったタイトルでこれはゼッタイにムリだろうというのが「源平討魔伝」。あそこまでひとつに固まった世界観は、どんなにCGやプログラム技術が進歩しても越えるのはムリ、というのが共通見解でした。
気付けばもう1年前になる、とある同人格ゲーのドットの仕事。 その後今年になってから発売され、信じられないくらいに売れたゲームです。 わたしは原作ゲームを知らずに描きました。 申し訳ないけど、原作ファンがこだわってほしい部分がわからずに作業していたワケです。 風の便りで聞いた話では、高級セダンが一括で買えるくらいの売り上げだったそうで、かなりの人がプレイしたことになります。 当然、感想は様々。 数ある酷評の中で、わたしがもっともガツンと来たのが「制作者にはこだわりが感じられない」でした。 こだわりあるゲームがなにより好きなわたしは、返す言葉がありませんでした。 所詮雇われ、コンセンサスを取れなかったサークル代表がダメだからしかたがない、なんて逃げ口上も内情を知る由もないユーザーにはカンケーないこと。 というわけで、自分にとってあの作品は大きな教訓とします(黒歴史として葬りたい気持ちは山々ですが…)。
で、北斗の拳ですが。 某同人格ゲーをみて「これ制作者、全然わかってないじゃん!」と言ったユーザーの言葉がリアルに体験できるものでした。 ケンシロウが昇竜拳はおろか、手からビーム撃ってました。 ラオウもビーム、撃ってました。 各種モーション中(攻撃時もやられ時も)の姿勢がとてもよくて、棒立ちのように見えました。 ちょっとだけしか北斗の拳をしらないわたしですが、とても悲しい気分になったのはなぜなんでしょう。
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