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9/28(木) 晴れ(また暑くなった)
なんかもう目の奥が痛くてアカン。 眼精疲労か…。 |
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9/25(月) 晴れ(秋まっさかり)
なにも言わずに、まず見てくださいな。 http://www.youtube.com/watch?v=8NE5elL30w4 おばかなことに技術をふんだんに使って、しっかりと作り上げることのすばらしさ。 どうせやるならこれくらい! |
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9/22(金) 晴れ曇り(昼暑く、夜涼しい)
行きたかったなぁ、TGS。 業務があるからと「チケットください!」と懇願しなかったのに。 その業務がお休みでした…。 割と無駄足。 久しぶりにゲーセン行って、誰もやっていないヴァーチャ5を2回ほどやり、帰路へ。 ぬぅ。 アンラッキーday。 |
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9/16(土) 晴れ(さわやかな秋空)
窓から入る風が心地よい。 でも心にはすきま風。 財布の中は空っ風。 そんなあなたに烈風拳。 |
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9/3(日) 晴れ(昼間は暑い)
昼間は、またしてもお使いで遠距離ドライブ。 日曜くらいは昼寝を満喫したいのに…。 そんな気分だったので、映画もどちらかというとスルー気分でした。 でも今日を逃すとまた週末まで見られない。 というわけで、昼寝を捨ててまったりをあきらめて、劇場まで足をのばしました。 個人的には、とても楽しめました。 前作の「殺人の追憶」もおもしろかったと思うクチですし、なによりソン・ガンホにペ・ドゥナが出てれば満足してしまいます。 それにしても、テレビスポットがヒドイ。 あれを見たら、普通「ジュラシック・パーク」を期待しますよ。 でも、ふたを開けたらいつものポン・ジュノ監督の独特のノリ。 しかも妙に乾いた家族描写に、ブラックな笑いがあちこちにちりばめられてる。 正直、日本人にはあわないテイストです。 わたしは、あの突き放した感のある韓国映画が好きですけど(特に韓流以外の映画ね)、あの予告見て楽しみにやってきたら「つまらなかった」と一票投じちゃうのも無理からぬかなと。 中盤、特に怪物映画らしからぬ展開になりますし…。 繰り返しますが、それを含めてわたしは好きなんですけど。 あくび、一度も出なかったし、最後まで展開が読めなかった。 それにしても、出だしの怪物(韓国語で怪物のことを「グエムル」と呼ぶようです)出現シーンは、まさに日常風景に突如現れたらあんな感じ?というリアリティでした。 しばらく川縁には行きたくなくなります。 怪物のデザインは、ニュージーランドのWETA社が行ったそうですが、欧米人はどうにも花びら型に開く口が好きみたいですね。突然変異にもほどがある気がします。ひょっとしたら原生物系なのかもしれませんが。 あと、ポスターにも使われているあのビジュアル。 ![]() ようは主人公の娘ですが、ずいぶんとポスターとは違います。 ぶっちゃけ、ぶさいくちゃんです。 あのポスターイメージで期待していくと、ものすごく裏切られますぞ。 あ、もちろん芝居はいいのですよ、安心して見られます。 オープニングのシーンからして、この映画のテイストが前面に出ているので、そこでダメなら怪物出現シーンだけ見て帰りましょう。 不謹慎ですが、お葬式のシーンは爆笑でした。これくらいじゃないとこの映画、楽しめません。 ご注意を。 テーマ:グエムル−漢江の怪物− - ジャンル:映画 |
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8/31(木) 晴れ(暑さの質が変わった)
なにをやってもOkay、自由です。あなたの好きなことを書いてください。 そんな自由帳があると、思いの丈をぶつけるのはまれで、ほとんどが低俗な単語や落書き埋め尽くされる。 だがどうだろう。最初の1ページに詩が書いてあったら? ショートストーリーが書いてあったら? いや、もっと単純に日々を綴った日記調な記述でもいい。 そうすると2ページ目でいきなり低俗単語は書けないだろうし、もし書くとしても数ページ先に殴り書きするのが関の山。秩序を破るには、それなりの覚悟がいるから、こっそりと破かれて無かったことに出来るところに書く。 もしそれが最初のページだけでなく、数ページに渡って書かれていたら、落書きすることはかなりはばかられる。 でも一度でも誰かが勢い書いて、そのままにしておくと、すべては水泡に帰す。 割れ窓の理論だ。 というわけで「自由にXXしてください」は、考える方に高度な発想力を要求することになる。 その際、勝手に自身で可能性をつぶしてしまい、結局は極めて無難な形に納まりがちとなる。 しかしある程度の枠組みがあると、その中で精一杯つっぱろうとする考えが出てくる。 その時に必要となってくるのが「どれだけの方法論を知っているか?」だ。 知らなければ、そのアプローチ方法は浮かぶべくもない。 一度でも見たことがある、聞いたことがあれば、その手法も選択肢のひとつになりうる。 「知っている」ということは、ただ知識をひけらかすイヤミなうんちくだけではない。 発想もそうだけど、最近になってようやく他の部分でも「知っていること」の重要性が見えてきました。 そしてそれを次世代に伝えることこそ、年長者の役割であることも。 若い世代に「好きにやっていいよ」と言っても、その自由をどう使っていいのかわからないのは無理からぬ事。 だって「知らない」んですもの。 なんか非常にカタイ内容ですが、本人が忘れないためのメモなのでご容赦を。 |
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