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blue chee'sクリスマスライブ 有楽町駅前広場・特設ステージ
12/25(火) 晴れ(9度)

昨年のクリスマス、blue chee'sは錦糸町で長丁場の路上ライブを行っていた。
その印象が強く残っていて、「有楽町」を迷うことなく「錦糸町」と勘違いして、到着したのが開始時間の10分前。
錦糸町は楽天地はかつて屋上のナムコで営業研修を真夏に受けたことがあったが、それ以来ほとんど利用したことがない。
ゆえにどちらかわからず、まずテルミナのある北口に出る。
前日のアニモさんのツイートでイルミネーションが写されていたので、それらしいものを探す。
テルミナの目の前にステージはあったが、なぜか暗い。
では楽天地のある南口か。改札を通らないと最短距離を移動できないもどかしさに南口に出るが、それらしい広場はない。
スマホ持ちではないので、ガラケーでツイートをさかのぼる。
見覚えのある方がツイートしているから、その人を捜せばいいと思いつつ、誰もどちら口と書いていないもどかしさよ。
公式ツイートにも「駅前広場」としか書かれていない。時間は刻一刻と迫っている。後数分で始まるというのに。無性に腹が立つ!
そして、次の瞬間目を疑った。
「有楽町駅前広場」と書いてあるではないか!

僕のいるのは錦糸町、楽天地側の南口だ。
時計を見るともう18時になろうとしている。
ここから有楽町は近いのか遠いのかもわからず、でも改札の券売機に向かい駅の場所を確認。
秋葉原に戻って山の手線に乗り換えれば神田、東京、有楽町だ。
なんとか一曲くらいは聴きたい。

総武線に飛び乗り、秋葉原駅で山手線に行かれてしまって絶望しているところに京浜東北線が来た。
とりあえず乗り込んで止まる駅を確認。これでも大丈夫だ。

有楽町に着いたのが18時15分くらいか。
でも駅前広場がわからない。東京国際フォーラムの方か、それともビックカメラ側か。
もはやここまで来たら勘頼り。
そういえば昨年の同じ時期に藤岡麻美さんのライブがあったが、そのとき駅前にキレイなイルミネーションがあったことを思い出し、そちらに向かう。ダメなら仕方ない、もどればいい。

そしたら聞き覚えのある歌が耳に入ってきた。
「手帳」だ! アニモさんの歌声だ。

誘蛾灯に誘われる蛾の如く、ふらふらと音の鳴る方に導かれる。
あぁよかった。なんとか間に合った(正確にはまったく間に合ってないが、終わるまでには間に合ったという意)。

MCを挟んで、クリスマスソング「ジングルベル」ともう一曲を英語で歌唱するアニモさん。
麻美さんはキーボード(ピアノ)演奏。
二人シフトだとこのスタイルなのか。
三人いればアカペラコーラスできるのに、それが唯一残念なところ。
あのハーモニー、美しかったから。

ステージが終わってから、チャリティ募金に握手会がくっついたスタイル。
なにげにぶるちメンとの握手は初めてだ。
思わず「間違って錦糸町に行っちゃいました」と話すと、麻美さん「去年の路上ライブの!」と返してくれて、アニモさんも「なにげにわたしも有楽町じゃなくて錦糸町って連呼しちゃってました」とフォロー。
二人シフトでも力強いライブパフォーマンスは見事。
麻美さんが前に出ないスタイルっていうのも、実はすごいなと思う。

そういえば撮影Okayだったので、何枚かipodtouchで撮ったけど、カメラ持参すれば良かった…。
いつも肝心なところで失敗してしまうが、記録より記憶なのでいいのだ。豪州でもそうだったしと強がってみるが、ぶるちメンとのツーショット写真はほしいなあ。


そしてipodtouchの低解像度でも奇跡的にキレイに撮れた一枚。
IMG_0639.jpg
アニモさん麻美さんのツーショットはややピントが甘いけど、二人ともいい表情でお気に入りのショット。
IMG_0640.jpg
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テーマ:LIVE、イベント - ジャンル:音楽

【2012/12/26 22:57 】 | ライブ、音楽関係 | コメント(0) | トラックバック(0) |
大奥~永遠~右衛門佐・綱吉篇
12/24(月) 晴れ(8度)

ユナイテッドシネマのポイントがあったので、たまたま地上波で流れていたのを見て意外なほどにしっかりした時代劇だったためうっかりはまってしまい、その後のドラマ版を毎週楽しみに見ていた「大奥」。
いわゆるトンデモ歴史もので、正直一作目の映画の予告を見た瞬間「あぁジャニタレ使った腐女子向けのイケメンドラマか。死んでも見ないタイプの映画だな」と内容よりも表面で判断させるに充分な絵面。
しかしマンガ原作がなにやら賞を取っていると耳にし、レンタルで借りるほどでもないが興味を持った。
そして地上波オンエア。
エンターテインメントとして、それなりにできているではないかと驚く。
正直、フジテレビ版「大奥」は安っぽい演出と、ちっとも笑えないコメディリリーフ(美味でございます~が毎回不愉快だった)、そして微妙に帰られている歴史観がどうしても好きになれなかった(ついでに音楽も)。

で、男女逆転「大奥」は、ようはゲームの「戦国BASARA」と同じにおいを感じたと。
トンデモなのに、細かい史実にはきわめて忠実。
荒唐無稽をギリギリのリアルが内包されているおかげで「こんなところは再現するのか!」と見ていて驚くし、またそれがうれしい。

そしてドラマ版の「大奥」はとにかく毎回話が重い。
キャラクターたちの心模様の移り変わりを丁寧に丁寧に描き重ねていくことで、役者のうまさも裏打ちされて珠玉のドラマとなっていた。
特に主演の多部未華子の芝居がすばらしく、「こんな芝居するわたしってすごいでしょ」的なにおいを感じさせない自然な空気感に魅了された。
堺雅人ももちろん良かったし、ダブルキャストとなる本作はしかもドラマ版の続きとあっては劇場に足を運ばねばならないと(その割に一抹の不安があってポイントを使っての鑑賞になったのだけど、奇しくもしれが的中してしまった…)。

で、劇場版第二作。
原作は未見の僕であっても「あぁ、これは原作の話をダイジェストにしたんだな」と感じさせるものだった。
ドラマ版のように時間がかけられないのは映画の宿命で、ならば思い切った換骨奪胎が必要なのにそうせず、なにやら話の流れでここを削ったら話が通じないであろう重要部分を洗い出して、それ以外はカットしていった、そんな印象だった。

菅野美穂はいい役者であるけど、綱吉としてはやや迫力が足りない。
吉宗の柴咲コウは風格があったし、多部未華子は初の女将軍としての葛藤が存分に出ていた。
きらびやかな元禄文化の中心となる綱吉は学問に秀でている文化人、でも生類憐れみの令に見られる後世の印象の悪さから、どうしてもぼんくらな優男イメージがある(イメージは人それぞれだと思うが、少なくとも僕はそう捉えている)。
では菅野美穂はどうか。
男狂いをにおわせる冒頭のシークエンスでは悪女感が足りない。
学問に秀でている風情も残念ながら乏しい。
幸薄い悲劇のヒロイン、復讐に燃えるヒロインなどははまり役だが、これはミスキャストと言わざるを得ない。
とにかく将軍綱吉としての風格がないのだ。

それは側用人柳沢吉保もしかり。
一途に綱吉を支えるためなら、桂昌院にも抱かれる気概がその風貌からは感じ取れない。
僕的には宝塚男役の女優さんあたりが背の高さがありすぎるかもしれないが、気の強い女としては申し分ないと思う。

テレビのドラマ版はそれぞれがはまり役で、見た目から「こいつはきつそう」「この人は軽そう」とわかりやすいキャストだった。

とはいえ、大好きなドラマ版からの続投となる桂昌院(元の玉栄)が有功(ありこと)にうり二つの右衛門佐と初めて会うシーンは、ある意味クライマックスとも言える高まりだった。
ふてぶてしい坊主となった桂昌院が、かつて有功に仕えていた頃にいきなり引き戻されるこのシーンは、ゾクゾクした。

ダイジェスト版としてつまらないかと言えばそうでもなく、前半の野心あふれる右衛門佐の立ち振る舞い部分は見応えあっておもしろかったのだが、いかんせん一粒種の松姫が亡くなってから年月が一気に飛びまくり、いったいいつ右衛門佐が綱吉に惹かれていったのかがまるでわからず、唐突にテレビドラマ版のような甘く切ないシーンを持ってこられても、観客としてはポカンである。

正直、ドラマ版第二弾として数ヶ月かけてじっくり見せるか、せめて劇場版全五編にすべきだったのではと思えてならない。

ドラマ版有功とのある意味ダブルキャストとなった堺雅人が、見事に別人を演じていただけに実にもったいない。

あとこれはドラマ版から感じていたことだが、坊主頭メイクが尋常じゃないくらいのリアリティで、これ頭剃ったんじゃないの?と思えるほど。
きけばハリウッド仕込みの特殊メイクだそうだが、後頭部のボコボコとした質感とか、ありえないほど自然。

それにしても西田敏行は時代劇にピッタリだわ。
刀を振り回さない役者なのに、時代物の空気感にハマル。
おんな太閤記仕込みはダテじゃないなあ。

テーマ:最近見た映画 - ジャンル:映画

【2012/12/24 23:54 】 | 映画鑑賞記 | コメント(0) | トラックバック(0) |
B.L.A ROCK SHOW in ORGASM
12/22(土) 雨のち晴れ(降雨中は4度。夜に8度)

ついこの間行ったと思ってたけど、過去の日記みたら11月のはじめだった。
ということはほぼふた月ぶりということに。
予定が微妙だったので行けるかどうかわからなかったけど、年内最後ということもあり勢い昨夜予約を入れ、無事に行くことができました。
11月にも行ったORGASMというバンド系が多数出るイベント。
そしてなぜかライブ会場でカレーが食べられるという(どうやら名物らしい)。
おかげでハコがかぐわしいカレー臭が(悪い意味じゃなく)。
前回同様、お目当てのB.L.Aの登板少し前に着いて、そのバンドだけ見るという贅沢スタンス。

フロアはけっこうな人で埋まっていて、盛況な模様。
ちょうど「RUMBLE URON」というバンドが演奏していた。
ボーカルは声だけ聞くと一瞬女性か?と思ったものの、見事なアフロヘヤーの男性。
レフティーギターが珍しい。
感謝の言葉をしきりに連呼して、なんだかとても誠実な印象。
もう一人のギターのメロディと音がかなり心地よい。
というより、ボーカルはキチンと聞こえる上、ギターは言うに及ばず、ベースもしっかりクリア。このハコ、音響がかなりいい。各楽器がキチンと立っていて、ボーカルもそれに押されてない絶妙な構成。

これは期待できる。

ただ緞帳がないので、次のステージ準備がフロアから丸見え。
どっきり企画があるわけでもないから別にいいのだろうけど、最近は緞帳のあるステージばかりだったから新鮮。
最前列にはサンタコスの女の子。
演奏中、前列のバンギャのみなさまが、ぴょんぴょん跳ねていてすごく楽しそう。
そういえばせっかくスナイパー(光線銃)を持参したのに使いどころがわからない上、前列の子たちのように光が明滅しない(スイッチの切り替えがわかってなかった)ので、完全に宝の持ち腐れ状態。

今回はミュージカル風ライブ告知がクリスマスverということで、クリスマスソングにあわせての熱唱だった。これがおもしろいほどに「ぶら~んにゅ~・りぃ~っぷす・あ~~ばんぎゃ~るど~」とはまっていた。季節限定ものにしておくのはもったいない完成度!

後半の二曲「イルミネーション」と「ゴールドラッシュ」の盛り上がるつながりがすばらしく、とても気持ちよい終わらせ方だった。
音圧が特に良くて、大きな音なのにキチンとそれぞれの音が聞き分けられるため音の厚みがあり、ホントにいいライブだった。
他の演奏も見るべきなんだろうけど、そそくさと退散。

ORGASMは構成がしっかりしていて、バンドの入れ替え時に紹介ムービーを流したり、演奏終わったら拍手を促したりとイベントとしての形がしっかりしていて心地よい。
今度またB.L.Aが出るような機会があったら、次回はもう少し早めに行って他のバンドも見ようかと思う。
なによりあのカレーの香りがたまりません。

テーマ:LIVE、イベント - ジャンル:音楽

【2012/12/23 11:16 】 | ライブ、音楽関係 | コメント(0) | トラックバック(0) |
カラスの親指
12/1(土) 晴れ(11度)

映画の日。
ただどうにも自分の場合、午前中から見に行かないと、腰が重くて特に夕方にわざわざ劇場まで足を運びたいと思わなくなってしまう。
まさに今日はそんな日。
「悪の教典」を見ようかと思ったものの、午前中のBS「純と愛」のまとめ放送を見ていたら間に合わなくなり、次の回が夕方で一気に冷めてしまった。
それになんかスッキリと痛快なものが見たい。
そこでホームたるユナイテッドシネマとしまえんではスーパーレイトショー扱いになってしまう(23時から始まって終わるのが25時!)ため、別の東武練馬のワーナーマイカルを調べてみたらバッチリ。
というわけで、車飛ばして見に行ってきたと。

原作を知らない(読んでない)ため、存分にその話の転がり方を楽しめて、最後にタイトルの意味を知るに至りさらに満足度プラス。
標準語がちょっとつたない村上ショージも元来僕自身がひょうきん族以来のファンということもあるのかもしれないが、それほど気にすることもなくむしろ不器用なおじさんの味が出ていて良かったし、なにより石原さとみがエンドロール見るまでわからないほどのカメレオン女優ですばらしかった。
また能年玲奈という初めて見る女優さんが主演の女の子だったのだけどこの子もすばらしく、少女特有のはかなさが存分に出ていた。
さらに石原さとみのカレシ役の小柳友。これが実にひょうひょうとした好青年で、阿部寛含む主人公チームは抜群のキャラクター性を持っていた。

それはちょい役で出てくる役者や芸人にも言えて、シーンは少なくとも印象に残る配役ばかりだった。

原作の醍醐味がどんでん返しにあり、それの映像化ということは、原作から映画を見に来た人たちというのはある意味往年の名作「スティング」の結末を知っているような状態で別に作られた「スティング」(そんなものは実際にはないけど)を見るようなものだと思う。

ようは忠実になぞるだけでは、映画が原作の復習にすぎない。ようは映像化の答え合わせ。
もちろん文字で成り立っていた部分はおのおのの思い描く画があるわけで、それの最大公約数を監督が作れば不満はないけどおもしろみはないし、監督独自の切り口だと「こんなんXX(原作名)じゃない」と突っぱねられる。
すべてを再現するのはどだい不可能だし、当然流れのどこかは削るだろうし、逆に文章では一行で済むものもディテールを重ねないと再現できないものは描写を増やさないとならない。

さらには原作を読んだ人にも映画を楽しませようとすると、換骨奪胎とまでは行かなくても骨子は同じでも肉の部分で変えてくる。

本作がそれに当たるのか、はたまた映像化する上で印象の弱い部分を映画用に変えたのかもしれない。

原作未読の僕は十二分に楽しめた。
しかし原作を読んで、その映像化を期待していた人にはよけいな混乱を招くシーンがあったようで、結果的によくわからなくなって「なんでそのまま映像化しなかったんだ!」と憤慨する。

僕は原作が小説の場合、特に映像的な描き方が決まってないため、それこそ原作もおもしろい、映画もおもしろいたりうるには映像化の際にある程度の換骨奪胎は必要で、ただなぞっただけの映像化には異を唱えたい人だ。
それこそザック・スナイダー監督の「ウォッチメン」のごとく、コマ割のそのまんまのレイアウトで映像化してしまうという力業も存在するが、映像作家としてはやはり元とは違う自分なりの解釈、構図、アプローチはあってしかるべき。

ともあれ、原作ファンには評価が思わしくなく、未読にとってはドキドキハラハラ、最後にスッキリさせてくれる本作は間違いなく傑作。
僕は後者でラッキーだった。

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【2012/12/02 22:49 】 | 映画鑑賞記 | コメント(0) | トラックバック(0) |
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