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11/26(水) 晴れ(洗濯日和)
というわけで、ここから読書感想文。 思えば中学の頃とか、感想文苦手だったなあ。 というより、本を読むこと自体におもしろさを見いだせなかった。 ライトノベルが無かった時代。いや、でもソノラマ文庫くらいはあったと思う。 SFや伝奇ものとかいくらでも読めただろうに。 とにかく活字に興味がなかった。だからといってマンガばかりというわけでもない。 マンガは小五だかで国語の教科書に出てきて、それからはじめてドラえもんを読むようになった。 その流れでコロコロを買ったり。あの厚さで330円だったかな。あれはありがたかった。 中学の頃、特に中二は学校が楽しくて楽しくて仕方がなかった。 いまでこそ中二病的なセカイ系に拐かされたりもするけど、当時は実生活がなによりで本どころじゃなかった。あとゲーセンがおもしろかったね。
そんな自分が小説を好んで読むようになったのは浪人、大学の時期。 特に大三で出会った同級生の影響が色濃く、彼が薦める本を次から次へと読んだ。 アンテナが似ていたのか、それとも単に影響を受けたのかはわからない。 それまでクラッシャージョーかダーティーペアくらいしか読まなかったのに、そこで裾野が広がった。
その後社会人になり、通勤時間というひどく退屈な時間を有意義に消費するため、本を読むという選択肢を選ぶ。 戦記ものや諜報ものを好んで読んでいたけど、電車の中刷りで興味を持ったものを買ってみることにしてジャンルの偏りが多少緩和され、先入観から「この手のタイプは読まない」は徐々に薄らいでいった。
通勤が徒歩になったここ数年。読む数はめっきり減っていた。 それでも乱歩賞受賞作には目を通すことにして、かろうじて活字の世界とつながっている感じだ。 そして買ったその日に一気に読了するクセがついていく。 翌日の車中のお楽しみという繰り越しがない分、短期決戦で読み終えないと挟んだしおりは永遠に動かない。 時間はあるようで、実はない。いや、上手に捻出できていないだけ。仕事とプライベートを切り替えるスイッチがなくなったため、あいまいすぎておちおち本を読めなくなった。
そんな中、久しぶりに興味を持った本を購入、一気読みした。 まずは長編賞の「粘膜人間 飴村 行」。 スプラッター描写がすごいとのことで興味が先行し読み始めたが…。 たしかに舞台背景はおもしろい。 でも高千穂遙や夢枕獏を読みあさった高校時代、大学時代に読んだ「フルメタルジャケット」の狙撃シーンの執拗な描写に度肝を抜かれ身としては、やや拍子抜けした。 文章で痛みを伴わせるには、経験則をなぞってらればいい。 でも経験したことのない痛み−例えば日本人なら銃撃されることはまずない−を、どうやって読ませるか。 そう言った意味で「フルメタルジャケット」のラストシークエンスは、なんだかとんでもないものを読んでしまったという印象が強かった。 そして「粘膜人間」には、そこまでの破壊力はなかった。 けっしてつまらなくはない。 でも好みじゃない。 ただタイトルで買わせるのは勉強になった。 ちなみに紀伊国屋で手にこそ取らなかったけど気になったのがSM青春小説とかいうの。 「私の奴隷になりなさい」だったかな。 タイトルって大事だわ。
口直しというわけではないが、今回のメインディッシュ「トンコ 雀野 日名子」の表題作トンコを読む。ページ数にして60ページ。 のっけから文体がどこか懐かしい感じ。 昭和文学のよう。 ひじょうにたんたんした文体で、動物好きのわたしには堪える内容。 ドッグランのくだりでズキンと来た。 そしてラスト前のセリフの温かさにこみ上げてきた。 二度読むことはないだろう。 でも手元に置いておきたい。そんな小説。 ホラーというよりファンタジー。 雑誌「ダヴィンチ」に作者コメントがあって、それを読んでしまったのでおおよその見当はついてしまったけど、それでもズキンとくる小説。
ここ数年でベストは相変わらず「となりまち戦争」なんだけど、次元は違うけどベクトルは同じで好きな作家になりそう。でもあと表題以外の短編が未読なので、評価変わるかもしれない。
ジョー・ヒルは明日以降に持ち越し。
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