さまよう刃
10/10(土) 晴れ一時雨(昼間いきなり降雨)

少年法に守られた凶悪犯罪者。
その被害者家族の復讐譚。

よくあるテーマである。
そして答えはもはや決まっている。
エンターテイメントを目指すなら犯人皆殺しの復讐完遂。観客は「やっちまえ!」と復讐に燃える主人公に感情移入して、犯人を同じ人間としては見ない。ただの死んでしかるべきなにか。命ほしさに恥も外聞もなく慈悲を請いながら無惨に死んでいく様が観客のご所望。ハリウッド的なスタイルといえよう。

もう一方は社会派と言われるタイプ。正論をぶちかまして「アナタならどう思いますか、そしてどう感じましたか?」と語りかけてくる。総じて鑑賞後はスッキリしない。主人公は復讐をなんらかの横やり(たいがいは同情論)あきらめるか、志半ばで倒れるかのいずれが定番。
逃げ得を描くことはまず無いだろうが、やりきれない思いで終わるパターンが多い。

さて原作者は東野圭吾。
ネタ的に最も近いのは「手紙」か。
犯罪者家族に焦点を当てたのは素直に「すごい切り口だ」と思ったし、今回は少年犯罪と巻き込まれた被害者家族ゆえに期待度も高まる。

この監督、珍しくディテールを映さない。
例えば新聞記事に顔写真が載っているシーン。
普通は大写しにして観客に誰がそこに描かれているのか見せる。
しかしそれはしない。
そのシーンの演出がたまたまそうであったのではなく、全編にわたって「想像力にゆだねる」部分が多い気がした。
ビデオテープのラベルしかり、もっとカメラが寄ってそこに何があるのか見たいのに見せない。
誰がどこにいるのか、明確にわかることをしない。
昨今の「とってもわかりやすい」邦画にしては珍しい手法だと感じた。

しかし内容はなぜ原作と立ち位置を変えたのか、その換骨奪胎のしかたに?マークがついて離れない。
たしかに音声のない想像力のみの小説では「誰がしゃべっているのか」をわざと明確に描かなければ、読者は勝手に想像し(それまでの文脈や伏線とおぼしきものを読み返してみたり)推理を楽しむ。
けっして犯人捜し(今回の作品では「犯人」という言い方では語弊が出るが、ネタバレになるのでこのフレーズを使う)がメインではないけど、最後の最後で「そうだったのか」と満足させてくれる、それが東野圭吾の特色でもあると思うのだが、そこがとにかく薄い。

演出はおもしろくよかった半面、肝心の原作の昇華(いや、消化か)の仕方に難アリと言わざるをえない。

個人的に好きなテーマだし、立ち位置変えてどう落とし前をつけてくれるのかと期待しつつ最後まで見て「そこはそうなんだ…」と、いささか拍子抜けした。
二時間ドラマ、特にNHKのようにCMが入らない地上波で充分。
大画面で見る意義は、画面からは残念ながら伝わってこなかった。

<今日の判定> ▲
前回映画を見たのが「グッド・バット・ウィアード」。ちょうど手術当日でうっかり感想を書きそびれてしまった…。あれも肩すかしだったなあ。最近、なまじ期待値が高いから、そこまで届かなくてしょんぼりが多い気がする。
やはり「空気人形」は無理に時間を調整してでも見に行かねばなるまい。

テーマ:日本映画 - ジャンル:映画

【2009/10/11 00:32 】 | 映画鑑賞記 | コメント(0) | トラックバック(0) |
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