読書day
3/7(日) 雨(雪にはならず)

今週水曜が返却日の「贖罪 湊かなえ」を読んだ。
「告白」が僕にとって猛烈にセンセーショナルな作風プラス内容だったので期待値は相当高く、それゆえまとまった時間と読もうという気合いがない時には本を手に取らないようにしてた。
冷たい雨。予定はなし。格好の読書日和。

「告白」と同じく、各章ごとに語り手の違う一人称の作風。
冷静に考えてみたら、これは小説というより全編モノローグのシナリオにも取れる。
地の文や描写でイメージを想像することがないため、すらすらと読み進めることができる。
ただ頭の中で台詞が音になっていたので、熱中していたのはたしかだ。
※つまらない、肌に合わないものだとまったく情景が入ってこず、さらに声も聞こえない。

ひたすら独白(手紙や相づちのない会話など)のインパクトは「告白」と同じなので、正直その作風の奇抜さはあまり感じず、むしろ「また、このやり方なのか」と思ってしまったほど。
それでも第一章、二章はかなり引き込まれて、ページをめくる手が早まっていた。
ようは、つかみはそうとうによいと言うこと。

いささかつっかえはじめたのが第三章、そして明確にペースが落ちたのは第五章。
「告白」と違い、主人公(話の中心にいる人物という意味。厳密には主人公はそれぞれ章ごとにいる)に感情移入できないのが最大の理由。
読んでいて作劇の描写をそのままいただけば「ちょっと腹が立った」であると。
全員が女性と言うこともあるかもしれない。

これは男性的な視点がないからではなく、「告白」のように「なに勝手なこと言ってるんだ!」と章ごとの自分本位な言い分を、全体の流れの中で捉えることがないからだと思う。

話の中心人物がとにかく「ヒステリー」であると。
それに巻き込まれた四人の少女たち。
負の連鎖。
しかし衝撃のラストのハズがぜんぜんピンと来なかったのは、パク・チャヌク監督の「オールドボーイ」の衝撃があったからだと思う。あれは寸止めゆえに、背筋が凍る思いだった。

ただそれを知らなければとても秀逸なラストだと思うし、けして「読んだ時間を返せ!」と憤るものではない。

作劇の中心人物に感情移入できるか否かで、これほど感想が変わるものなのかとあらためて勉強になった。

そしてこの作者たる湊かなえは、自分の社会に対する思いをキャラクターの口を借りて等々と語る傾向があるようだ。そもそも小説はそういうものだと思うが、なにしろ独白なので「これはこのキャラが思ってしゃべているのか、それとも作者の代弁か」がわかりづらい。
福井敏晴が敵キャラにとうとうと演説させるのと似ているなと感じた。

作劇のテーマを通して語るタイプの方が、僕は好きだなあ。
押しつけがましい気がしてならないので。
じゃあなぜ「告白」は図書館で借りて読んだものを、わざわざ手元に残しておくべく買ったか。
それは主人公の言い分とやり方に、完璧なまでに同調し支持したから。

<今日の判定> △
読書は脳みそがくたびれるのう。
むやみに眠くなって、読後夕方だというのに二時間も昼寝してしまった。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

【2010/03/07 22:38 】 | 本関係 | コメント(0) | トラックバック(0) |
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