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子供だましこそ難しい
子供だましだから手を抜いて作ると、そのターゲットとなる子供すらだませないものが出来上がる。
以前、なにかの特撮もので目にしたコメント。
昭和40年代の熱き男たちであるのは間違いない。

なんだかんだでポケモンを毎年欠かさず観ているのだけど、予告をみてもちっとも琴線に触れず「今年はもういいかな…」なんて思っているのも事実。
しかし行けばあくびも出ずに、きっちりとエンドロールまで楽しませてくれる上質な優等生。
たしかにピクサーのように万人受けは難しいものの、それでも出さなきゃいけないメインのポケモンがここ最近では数種類いて、これをうまくストーリーで絡ませるのは生やさしいものではない。
なにしろ元はゲーム。しかも記号的な怪獣であり、人語を解するのはごく少数。
たいがいはうなり声で、光線技主体。
「こいつらでどうやって物語を組み上げるのだ?」と思う。
それは予告編のまったく燃えない理由。
しかし物語が動くと、しっかりと映画用のキャラクターは動き回り、話にしっかりとした伏線も張られていて、意外なほどに飽きさせない。
この「飽きさせない」というのは、なにしろメインターゲットは小学生それも低学年だ。
小難しい話はわからないから入れるのは止めよう…ではなく、画面が動かなくなると飽きることを、ポケモンスタッフはキチンと理解している。
けしてやさしいストーリーだから受けるのではなく、飽きさせないように工夫しているから。
僕が子供の頃に夢中で見ていたウルトラマンは、いささか難解な話もあったが、基本怪獣が出るので喜んでみていた。
それが証拠に、普通の洋画はエンドロールで客の多くが立ってしまう。
読めない英語、知らない名前、垂れ流しの音楽。たしかに最後までつきあう必要のないシロモノ。

それがピクサーはどうだ。
エンドロールにお遊びショットを組み込んでいるから、むしろスタッフの名前などまったく観る余裕がない。
ポケモンもスタッフロールの横に、それまでの映画版のキャラクターのその後を映し出したりして、派手には動かなくても「あのキャラは今、こんなことになってるんだ」とわかるようになっている。

最後の最後、エンドロールですら、かくのごとく手を抜かない。
子供向けアニメこそ、かっこうの勉強材料だと思う。
ちなみに今回のポケモン、お約束の展開とはいえ、都合三回本当に大の大人がだまされてビックリした。
実にうまい、見事!と唸ってしまった。
【2010/07/16 01:09 】 | たわいもない日記 | コメント(0) | トラックバック(0) |
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