セリフで全部説明するな
8/27(金) 晴れ(27度から34度)

劇場公開版とは違うエンディングという文句にかどわかされて、最後まで見て案の定時間の無駄だった「20世紀少年」。
話の展開は原作よりはマシ。
ただあらためて脚本の精度の低さになんど頭を抱え、画面に向けてつっこんだことか。

代表的なものとしてよくあげられる思わせぶりなアップからの「おまえ、アイツか!」は、この際どーでもいい。
それより小学生が万引きを謝るとき「万引きしたのは僕です」と言うだろうか。
「盗ったのは僕です」だろうがっ!
なんで「万引き」という単語をわざわざ使うか。

ロボットを見て「ロボット?」って言うか?
観客はすでにそれがロボットだとわかっているんだから、キャラが驚いているように見せたいだけなら「なんだ、あれは?」でいいじゃないか。

12時間後に自分が生きていれば人類の勝ちという、いわばハラハラするシーンだってそう。
時計にでかでかと12時間カウントダウンがでてるんだから、わざわざ言うか、12時間後と。
同じ説明でも「この時計がゼロになったとき、自分が生きていれば~」でいいじゃないかよ、と。

とにかくすべてセリフで説明してしまう。

昨今の邦画は、どいつもこいつもそう。
わかりやすく、想像力のつけいる隙を与えないほど、押しつけがましく説明しやがる。

ジェームス三木の大河ドラマを連日一話ずつ見ていると、いかに説明セリフがないのが気持ちいいかわかるのに。

例えば「葵 徳川三代」にこんなシーンがある。

大坂夏の陣で、大坂城落城を見ている秀忠の画。
そこには西田敏行のアップのみ。
千姫を案ずる父の姿と、豊臣家の滅亡の象徴たる炎に包まれる大坂城に対しての複雑な胸中を、表情のみで芝居させている。
普通なら切り返しのカットで、秀忠の背後から燃え上がる大坂城を映すであろうに、それはない。
ただ、秀忠のくだりの前に猛攻撃を加えるシーンはあるから、大坂城がひどいことになっているのは、見ている想像力で充分に補える。
ちなみにセリフもなかったはず。
これぞ映像表現の醍醐味といえよう。
ある意味、舞台劇に似る手法。
そこにないものも、芝居でさもあるように見せる。

しかしCGが発達した昨今、すべてを見せるのが是であるように、演出がどんどんチープになっていっている気がするのは、けして気のせいでは無かろう。
現にハリウッド映画は、見せたい画が作れるため、向こうの方がより説明セリフが顕著とも言われている。

やっかいなのは謎解きを丸投げで一切収束しないのが想像力にゆだねると勘違いしている作家で、それはいくらなんでもケリをつけて見せてくださいよと言いたくなる。

もっと役者の芝居でわからせてくれるような、そんな映画が見たいものだよ、ホントに。
【2010/08/28 00:47 】 | 映画鑑賞記 | コメント(0) | トラックバック(0) |
<<戦争のはらわたを聴く | ホーム | 浮世絵動物園>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://maruzoo.blog19.fc2.com/tb.php/1655-6bf523c4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |