ゾンビ映画に思う
9/19(日) 晴れ(30度。今日はだいぶ蒸し暑い)

CGモロバレで正直あんまりなデキなのに、なぜか続編が次々に制作される「レジデント・イービル」ことバイオハザードの映画版。
先週うっかりチラ見して、気づいたことありまして。

それはアンデッドことゾンビの関する扱い。
もし今、歩く死者が現れたとしたら、おそらく誰しもが「ゾンビだ」と認識するはず。
そして映画に習って、とりあえず脳天ぶちかます。
これは「リターン・オブ・ザ・リビングデッド(邦題バタリアン)」の劇中、本家のパロディとして描写があった(実際は頭に杭を刺しても機能停止しなくて「嘘じゃないか!」とパニくるすばらしさ)。
ようは劇中の人物たちもゾンビという存在を知っていると。

しかしバイオハザードでは知らない。
特殊部隊はいたずらに弾を消費し、しだいに圧倒され多勢に無勢という有様に。
なんちゃらウィルスを研究しているわりに、バイオハザード世界の人間たちはゾンビを知らないのね。

評判のすこぶる悪い北米版ゴジラには、こんなくだりがある。
巨大イグアナ(北米版のはゴジラではなく被爆した海イグアナ)に日本籍の船が襲われるのだけど、そこの日本人船員はその姿を見て「ゴジラだ」と思わず叫ぶ。
劇中、ゴジラの名称が出たのはこれきりで、あとはクリーチャー(怪物)扱い。
たった一言のセリフながら、この世界の日本人は「巨大な爬虫類もしくは恐竜のような生き物を見るとゴジラを認識してしまう」というすばらしい設定が見えてくる。逆にアメリカ人にとってはまるでなじみがないのでゴジラの名称は使わない。おしむらくは内容がほとんどジュラシックパーク2だったのが残念でならない。

連続テレビドラマ「CSI」ではそれがより顕著で、緑の血のシークエンスでは「被害者はバルカン人(スタートレック)というわけでもなかろうに」のようなセリフがぽんぽん出てくる。ドラマの中でも時間軸は現代と同じである、と。

SFにおいてのリアリティは説明セリフによる状況解説ではなく、ちょっとしたなにげない「現実世界との合致」だと思うわけで。
たとえばバイオハザード一作目の劇中でアンデッドと初遭遇した際「まるでゾンビじゃないか」の一言があれば、僕の中では名作たり得たのだけどなあ。
【2010/09/19 22:34 】 | たわいもない日記 | コメント(0) | トラックバック(0) |
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