悪の教典
8/29(月) 晴れ(30度くらい)

朝一の東京医大での定期検診がことのほかスムースに終わり(と言うより院内にいたのは15分くらい?)、もともと夕方業務まで時間があったため、図書館に予約入れて一年ほど待たされた「悪の教典(上)」を読み始めることに。
上下間あわせて広辞苑くらいの厚さか。一冊あたり400ページという物量。でも紙が軽いのかさほど重さは感じず。もっとも僕の鞄では上下巻をまとめて持ち歩くことはできないので、とりあえず上巻だけ。
だいたい四時間くらいで読破。
早いところ続きが読みたいが、手元にないから仕方がない。
業務を終えて帰宅し、夕食前に一時間、夕食後に三時間(途中入浴アリ)で読了。
日付は完全に超えてしまったけど、その日のうちに800ページ読み終えるだけの勢いが本作にはある。
…いや、どうやってこの落とし前をつけるのか?それだけが気がかりでページをめくっていたというのが真相。
よせばいいのに、上巻を読んでいる途中にネットで公式ページにアクセス。
まだ出てきていないセリフが書かれていて、まずしょんぼり。
そして主人公のツイッターがあって、うっかりクリック。
たった一つの単語で壮絶なネタバレ。
ということで、主人公が最後どうなるのかはもうわかってしまった。
あとはそこへたどる道筋をいかに楽しませてくれるかという、いびつな読書となる。

読んでおきたい本だのミステリー大賞だのを取っていて期待値が大きかったが、一年前の王様のブランチで耳にしたいったいなにが気になったのかは、もはや覚えていない。
それは読み始めてもいっこうに甦ってこなくて、いったい僕はなにに興味をひかれたのだろうと。

先生が学校で学生を次々に殺していくタイプは、きっと世の中相当数あると思う。
その中で僕が読んだことのあるもので大好きなのが「そして粛清の扉を」。
どれくらいかというと、新刊で買ったものを人に貸して借りパクされて、申し訳なさ一杯でBOOKOFFで買い戻したくらい。貸したものは帯付きでキレイだったのに、帯なしのくたびれた古本になってしまったが、どうしても手元に置いておきたかった。
ゆえにどうしてもそれと比べてしまう。

まず長い。
一冊で充分にまとまる内容というのが、一番の感想。
起きている時間の半分以上を費やして読むものとしては、読後の達成感が乏しく、ただ「疲れたなあ」なのはいかんともしがたい。

そして「動物的勘が無敵すぎる」点。
危機回避能力とでもいうのだろうけど、「なんだか知らないけど勘の鋭いコ」というのは、もうちょっとなんとかならなかったのだろうか。
おんなの勘と言われても僕は男ゆえ皆目見当がつかないし、直感も何度も何度もあたってくると、それは単なる未来予知能力で、いわば超能力ではないのか。
言いしれぬ不安感を感じるとたいがいその通りになるのも、ホラーとしてはいささか通り一辺倒な気がしてならない。
映画などでいわゆる死にキャラ(13日の金曜日とかでところかまわずセックスするような方々)も、「やばい!」と感じてそれが杞憂に終わってホッとした瞬間に別角度からザックリとか、ようはホラー映画王道の怖がらせ方ってやつ。

なにより、IQが高い、頭がいいというのが、いまひとつわかりづらい。
これは僕の読解力によるところが大きいとは思うけど、とりあえず僕主観では単体で「頭がいい」という事象を相手に伝えるのはかなり難しいと思っている。
人とは違った見方ができることでそれを描くことは容易になるけど、それには対比となる人物が必要。
単にIQの数値でいわれても「ふーん。で、それはすごいことなの?」と思ってしまう。
本作の主人公は頭がいい上、相手との感情の共有ができないという大きな欠陥を持っているのだけど、表向きは感情豊かなので、こいつのいったいどこが欠落しているの?がわかりづらい。
むしろホラー系の大量殺人鬼によくいる「悪いことをしている自覚がない」方がわかりやすいのだけど、それでは「頭のいいサイコパス」にはならないので、そのような設定になったのだろうけど。

アリや蜂など群で生きる昆虫には個がないと言われている。
群れ社会でも個を持つ人間ほか内骨格の生き物とは決定的に違う怖さがある。
きっと昆虫型異星人が来たら、まったく分かり合えない自信があるし。ある意味、爬虫類型とかの方がまだ話し合いを重ねればどこかで折り合いがつきそうだけど…。

ようは「なんだかわからない怖さ」というのは、「話はできているのに通じていない」ことだと僕は認識していて、本作でも途中そういう描写があり、けっこうゾクゾクした。でもそれが骨子のはずなのに、後半の大虐殺では単なる一方試合になってしまい、あまり意味をなさなくなる。もっとも最後の最後は元に戻るので、やっぱり薄ら寒い気味の悪さは存分に味わえるけど。

映像ならともかく、文章で40人からの人間を同一武器で殺して行くには、相当に工夫しない限り飽きが来るのは必定。だって引き金絞る、轟音、死ぬ。着弾ポイントが多少変わるだけ。頭か胸かその程度。
バトルロワイアルは中学生が手の大きな米兵向きのガバメントを走りながら撃って、しかも当ててしまうリアリティのかけらもない描写がどうしても僕は好きになれなかったが、当初は与えられた武器で殺し合う醍醐味があった。中盤から結局銃を持っているヤツが優位すぎて、いつものパターンに落ち着いてしまうけど。
それが今作では主人公は猟銃装備、相手は丸腰の高校生。せいぜい部活のエース程度。これじゃ一方試合になるのも致し方なし。長々と上巻で語った先生への信頼感からの絶望も、最初の数名で同じ展開になってしまうし。
そう、殺戮開始当初に目玉キャラを出し過ぎ!
おそらくこれは意図したことで「コイツなら何とかしてくれる」タイプを早々に幕引きさせることで、一体誰が生き残るのか、それとも全滅なのかと再起の展開を読ませない工夫なのだろうけど、体育教師との一騎打ちがもっとも燃える部分なのに、前座扱いはもったいなさ過ぎる。
あの「外道」というセリフは、読者の気持ちを反映させているすごく気持ちのいいところなのになあ。

なにより意味深に登場し、途中まで要所要所で顔を見せておきながら、最後は出しようがないからと「今まではなんだったの?」という印象の表紙にもなったカラス。あれはないよ。

おそらく読者のほとんどが感じているであろう養護の先生がなんの傷なしで途中退場というのも、引っかかる部分だと思う。出しようがないというカラスと同じ扱いなのもわかるけど、絡むだけ絡んで「実は風景キャラと同じでした」的なのはどうなの。
もっともこれは容易に想像できる部分で、作者的には稀代の和製レクター博士の続編で、今回意味深な位置づけながら難を逃れた連中を登場させる計算なのだろうけど。

なにより僕が嫌な感じだったのが、殺される高校生たちにとりたてて落ち度がないこと。
通り魔にあってしまった、そこにいただけで巻き込まれてしまったという。
これは僕の好きな「そして粛清の扉を」は、やられる側が札付きどもで「コイツは死んでもしかたなし、やむなし」と思える以上に「主人公、よくやった!」と殺す側に感情移入できていたせい。
「悪の教典」では主人公に感情移入することはなく、あくまで読者は傍観者であり、事件の目撃者であるからこれはしかたないのだけど。
なにぶん登場人物が多いので、ほとんどがその他大勢で死んだところでボディカウントが増えるだけ要員ばかりで、抵抗勢力も詰まるところただの高校生。勝てる見込みなど微塵もない。頭脳戦で生徒の方が一枚上手で主人公を窮地に陥れるにも、なんせ頭がいいのでそれも無理。一矢報いる場面は確かにあるけど、でもそれは消える前にパッと明るくなるろうそくの炎と同じ。ようは見せ場の一つにすぎず、本人たちのバックグラウンドもほとんど描かれていないから、これまた感情移入しづらい。

なにしろ生徒側の主役は三人ほどいるのだけど、正直あまり魅力を感じなかった。高校生ってこんなものだっけ?

とはいえ、読み終わった後、猛烈に誰かに感想をぶつけたい衝動があるということは、少なからず読んで損は無しだったのだと思う。
ただしこの作家の別作品を読みたいかというと、残念ながらそれはない…。
一冊にまとまる分量にそぎ落としてくれれば、もう少し感想も変わったと思うけど。

文句ばかりだとアレなので、最後によかった点。
・淡々と日用品で罠を組み立てている主人公。ここで「こいつなんかヘンじゃないか?」と思える重要なポイント。
・あっさり退場する、本当は活躍しそうだったXX(ネタバレになるので名前は伏せる)。韓国映画のように誰が死ぬのかわからない不気味さがあった。頭脳戦を期待してただけに、猛烈な肩すかしだったけど。
・「外道」のセリフ。
・ラストの常人には理解できない主人公の感激セリフ。あれは薄ら寒かった。

口直しに「そして粛清の扉を」を久しぶりに読みたくなった。

テーマ:読書感想 - ジャンル:小説・文学

【2011/08/30 11:17 】 | 本関係 | コメント(0) | トラックバック(0) |
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