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恩師のこと
5/29(火) 晴れのち雨(26度)

facebookの知人の知人の記述にこんなことが書いてあった。
オカルトな体験談だと友達の知り合いも十把一絡げで「トモダチ(もしくは知人)」なのだろうが、いうまでもなく引用もとの御仁は微塵も知らない。

「だいぶショックなお話。。。
大学の時の恩師(ゼミの先生)が先日亡くなられたとの事。
相当お世話にもなったし、心配もかけた方だったので、
そのうち立派になったら報告に行こうと思ってたんだが、、、

... 生と死について考える機会がこの数年たくさんある。
どれだけの生をいきてどんな様で死ぬか。
どんなに無様でもとにかく今精一杯生き抜いていこうと改めて思った。

(その先生のお名前)先生、心よりご冥福をお祈りします。
本当にありがとうございました。」

まるで知らない方だが、恩師の死にとてもショックを受けているのが伝わってくる。
そのショックの原因は「世話になったお礼を言う機会が永遠に失われてしまった」ことも多分に含まれているであろう。
いや、これはあくまでも恩師を失った僕の気持ちからの推測、いや邪推かもしれない。

年賀状のやりとりは毎年している。
ようはたった一枚ではあるがつながっている確かな証し。
しかしある年、それが待てど暮らせど来なかった。
「具合でも悪くして入院されているのだろうか?」と、お見舞いをしたためて再度送ると、奥様から先生は昨年の夏に鬼籍に入られたと返事があった。
僕はよほどのことがない限り、毎日日記をつけている。
先生が彼岸を渡ったその日、僕の日記にはなんの虫の知らせも書かれていなかった。
慕っていたというより、尊敬していた。
でももう何年も会っていなかった。連絡も年賀状だけだった。
最後の年賀状には「今年はみんなで会いたいね」と書かれていた。
死期がわかっていたからではない。何の気なしに書いた一文だ。というのも、奥様の話では入院後、教え子には誰も会わなかったという。弱った自分を見せたくなかったのか、それとも困惑されたくなかったのか。

あれから年賀状はもう来ない。
頼ることもできない。
先生は61才で亡くなった。若いよ。じじいになってほしかった。

そんな思いを、見ず知らずのfacebookの記述をシェアし、コメントを残した。
それがこれ。
「恩師というのは気付いたら遠くに行ってしまっている。
いつでもすぐに会えるからと思っていたのに、僕の唯一の先生も彼岸を渡って久しい。
最後の年賀状を読み返すと「なぜあのとき行動しなかったのか」と悔やんでならない。
だから恩師と慕う人がいる人は、会えるうちに行動した方がいい。
だってたいがいは年の離れた人生の先輩だもの。
先ゆく人だから。
墓前で一方通行の報告より、相互近況報告ですよ」

昨年、ずっと世話になっていた町医者がやはり鬼籍に入ったと知った。
病院を数年前に閉めたので、悠々自適の隠居生活を送っていると思ったのに。
道ですれ違うと「オー、野方のやくざ」と気さくに声をかけてくれた。
もちろん僕はいつも破顔し、挨拶を交わしていた。

もう僕が会いたいと思う恩師は誰もいない。
小学校や中学校、高校の担任の多くは存命だと思うが、まるで興味がない。
元々少なかったのに、どいつもこいつも僕をさっさと置いて行きやがった。
【2012/05/30 00:02 】 | たわいもない日記 | コメント(0) | トラックバック(0) |
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