スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:-- 】 | スポンサー広告 |
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q
11/19(月) 雨のちくもり(10度届かず、かなり寒い)

先週の海外旅行で一週間まるまる業務をつぶしてしまったので(週末は帰ってきていたけど、金曜は特に疲労がひどく今週へ振り替えにさせてもらった)、普段はない月曜日の今日、振り替え業務。
で、先週末より始まったエヴァQが見たいという衝動がおさえきれず、ちょうど吉祥寺のシネコンじゃない劇場が月曜男性1kということで飛びついたわけ。
パンフを買っても正規な値段と同じになるのはお得以外の何ものでもないのだが、いかんせん話題作。
200席程度の中型クラスのハコで、しかも朝から整理券配布らしい。
なので、業務後に電話で問い合わせして大丈夫かどうかまず確認。
業務を終えてから急ぎ吉祥寺に向かうが、直前に中央線は武蔵境で人身事故の影響で動いてない!
中央線ホームから総武線ホームに行くまで一本見送りのロスタイム。
劇場に着いたのが開始三十分前。整理番号は85番だけど、200席だからかなり余裕。
前から二列目に座ったが、スクリーンはステージの後ろに奥まっているので問題なし。

まず短編の「巨神兵、東京に現る」。
これはミニチュア特撮ということで見てみたかった作品。
相変わらず観念的な脚本が鬱陶しいが、東京タワーが根本から崩れたのち、途中をビームで射抜かれてさらに爆発とか、増上寺木っ端微塵とか、とにかく爆発にカタルシスを感じた。
巨神兵はぬいぐるみじゃなく繰演なのがモロバレで、踏み込む重量感が出てないのが残念。
あれだったらコマ撮りアニメにすればいいのに。
ツノに明滅する電飾とか、ウルトラ怪獣オマージュなんだろうけど、昔の怪獣のように意味を感じなかったのも残念その二。
ただのピカピカよりも、ビーム発射にあわせるとかすればいいのに。あれじゃ電飾看板と同じだ。
初期ウルトラ怪獣(Q、マン、セブン)では意味無くピカピカさせてなかったはず。メトロン星人やメフィラス星人はしゃべるときに光ってたし。キングジョー等のようにロボットならともかく。
あとは巨神兵の造形に巨大感を感じないのも残念その三。
オマージュの元となったであろう円谷特撮は皆大きく見えたのになあ。おそらくディテールの入れ方が、良くできたフィギュアのアプローチで「何十メートルもある巨大なもの」として処理されてないからかと思う。
あんなウソの固まりのガンダムも、実寸にあわせたディテールを入れることで「これ、ホントに動きそう」と思えたから、やっぱりデザインやディテールの問題か(巨大実寸エヴァの頭部写真をみたことあるけどアレもひどかった)。

肝心のエヴァQ本編。
序、破ともに劇場で見て(その前の旧作も)きてはいるが、筋金入りのエヴァマニアとはとうてい自認できず、なんとなく流れで見てしまう、いわばほっとけない存在として「つい足を運んでしまう自分」の感想は、今まで一度でも感情移入できなかった主人公のシンジくんに共感できただけでも、相当の満足度だった。
良くできた再編集版の「序」は劇場で見て以来地上波でやっていても「なんかCG使って空間密度を増やした画ばっかりで鼻につくな」と感じてまともに見てないし、「破」に至っては衆人大喝采に期待して言って見に行ったら同時期にやっていたポケモン映画の方がよっぽど怪獣映画としての構図や描き方が秀逸で「いったい、どう見たらこの破はおもしろいんだ?」と疑問視か感じなかった。もっとも地上波で何度か見たらそれなりに楽しめてはいるのだけど、それでも最初のテレビ版を毎週見ていた興奮度とはほど遠かった。

とはいえそんなへそ曲がりだから、今回のQがおもしろいと感じたわけではない。

実際にいきなり14年という歳月をぶっ飛ばして、いきなり戦艦出てくるし、知らないキャラばかりだし、その14年を知らずに眠りから覚めたシンジくんと観客はまったく同じ状況。
しかもまったく説明してくれないどころかむやみに冷たいかつての知り合いという図式。
たしかに14年間生きてきたアスカやミサトにとってはサードインパクトを起こした張本人のシンジくんを許せないのだろうけど、それこそ劇中でのセリフ「そんなの知らないよ」である!

何も言ってくれなくてただただ全否定されて、一方では「じゃあ教えてあげるよ」と聞かされた内容が14歳のもともと芯の弱い子にとっては抱えようのない重すぎる真実という。

今回の劇場版のシリーズのシンジくんは、前作の劇場版でひたすらイジイジしている彼とは明確に違い、自分が助けた綾波やアスカが無事だったことに安堵し、あまつさえ「僕も初号機で出ます」とまでの自発性があるのに、まわりがアレではかわいそうすぎる。

カヲルくんと心通わせてそのあと訪れるであろう悲劇は予想がついたが、もっとも行動原理がわからなかったのはアスカだった。何が彼女を突き動かしているのかまったくわからないし、シンジくんにとっては「だから、どうしてなのか教えてよ」状態。

何が何だかわからないという感想を散見するけど、それは劇中で描いてないからそれで正しいと思うし、今回のストーリーではシンジくんにシンクロして入り込んでいき悲劇を共有することこそが普通の楽しみ方かと思うわけで。
もともとエヴァ自体が、よくわからないキリスト教圏や聖書引用単語をまったく説明のないまま使って(リリスとリリンって響きがにていて聞き間違いなのかと思いこんでいた程度の知識量で、ほとんど単語から理解できてない僕です)見ている人が解釈してねなノリだから、いきなり巨大戦艦がヤマトばりに登場しても、名前すらわからない新キャラが複数出てきても、ミサトが妙にクールになっていても、リツ子がいきなりベリーショートでも、物語を楽しむ上では「知らなくても困らない」と。
ようはスターウォーズと同じアプローチ。知っていればより深く楽しめるけど、知らなきゃ知らないで別にたいした問題ではないと。
有名なボバ・フェットは銀河一勇敢な戦士といわれているマンダロア星系の装甲服を身にまとい、ウーキー族を倒した証しを腰につけている…なんてこと知らなくたってまったく本編には関係ない。
ようはそれと同じで、表面を追うだけでもそれなりに楽しめる。

そう言った意味で、今回のシンジくんの疎外感からネルフに下るのもよくわかるし(しかも綾波が連れ戻しに来てくれる)、その後真実を告げられて「そんなこと言われたって僕は綾波を助けたかっただけなのに」もとってもよくわかる。それなのにいきなりお母さんが初号機に同化しているとか、聞きたくもない衝撃話を追い打ちされれば、あの槍を抜けば元通りになると終盤カヲルくんの制止を聞かないのも理解できる。

ゆえに物語として、再編集や再構築で心模様の移り変わりが忙しかった序や破に比べて丁寧に描いていると感じたと。

それにしてもどう考えても取り返しがつかないほど落ち込んでるのに、慰めの一言もないアスカは鬼だよなあ…。すっかりイヤキャラになってた。
逆にマリは妙にお気楽で、前作からちっとも変わってないものの行動原理が不明確なので、いまひとつパッとしない(プラグスーツはエロくていいけどね)。

最後に映像として感じたこと。
手書き部分がずいぶんと減って、やたらにCGワークが多用されていたのが時代の流れを感じる。
日本人のCGの使い方の特徴として「とりあえずカメラを被写体を中心に回す」「なめるような回り込み」「アップから一気に引きを、ゆっくり行う」なので、エヴァにはモニター表示以外では手書きにこだわって動かしてほしかったというのが正直なところ。
一番ガッカリしたのは、次回作の予告でのエヴァ同士のバトル。
前劇場版の二号機と量産型との死闘シーンがしびれるほどかっこよかったのに(タイムリミットの中奮闘するカタルシスあふれる名シーン。その後が悲惨だからよけいに印象に残ってる)、今回のアレはなんだ。できの悪いモーションキャプチャーそのまんまなしょぼい動き。格闘場面はスゴイアニメーターいるんだから手書きにしてほしいです、ホント。

テーマ:ヱヴァンゲリヲン新劇場版 - ジャンル:アニメ・コミック

【2012/11/19 22:21 】 | 映画鑑賞記 | コメント(0) | トラックバック(0) |
<<ケロ子走る!のレビュー | ホーム | 豪州ケアンズ旅行記>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://maruzoo.blog19.fc2.com/tb.php/2358-340727e2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。